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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)11661号 判決 1968年3月27日

原告 芝崎弥太郎

訴訟代理人弁護士 岸巌

被告 東京磁石株式会社

代表者代表清算人 大政満

訴訟代理人弁護士 肥沼太郎

訴訟復代理人弁護士 岩崎千孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告)

被告は原告に対し別紙物件目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を収去し、別紙目録第一記載の土地(以下本件土地という。)を明渡し、かつ昭和三九年七月一日から右明渡済に至るまで一ヶ月金一万七〇〇〇円の割合による金員を支払え

訴訟費用は被告の負担とする

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

主文と同旨の判決。

第二、請求の原因

一、原告の先代芝崎芳太郎は、昭和三四年一一月一日、本件土地を賃料一か月一万一八八〇円、毎月二五日に限りその月分を持参支払い、賃料の支払を怠った場合には催告を要せず直ちに契約を解除することができるとの特約のもとに被告に賃貸した。

その後賃料は改訂されて一か月一万七〇〇〇円となった。

二、芳太郎は昭和三九年四月二日死亡し、原告は相続により前記賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継した。

三、被告が昭和三九年七月分以降の賃料支払を怠ったので、原告は被告に対し昭和三九年一一月九日被告到達の内容証明郵便をもって、前記特約により本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四、仮りに無催告解除の特約が無効であったとしても被告は昭和三九年中、経営不振となり、同年六月工場を閉鎖し、同月一七日には、自ら会社更生法による更生の申立をし、同月二六日、一旦、右申立を取り下げたが、同年八月五日には不渡りを出して倒産し、同年九月二六日、会社解散決議をして清算手続に入り、後記第六項のように原告の数次の連絡、交渉に対しても何らの応答なく、同年七月分以降の賃料の支払を全くなさず、同年一〇月二日に開催された債権者会議後も賃料を支払わなかったので、原告は、被告に対し、信頼関係を著しく破る場合に当ると判断し、催告なく解除の意思表示をしたものである。

五、被告は、本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有し、原告に対し一か月金一万七〇〇〇円の賃料相当の損害を与えている。

六、仮りに前述の解除通知が無催告のゆえに無効であったとしても、原告は、昭和三九年八月中旬頃、本件土地にある被告工場に赴き被告従業員に対し口頭で、同月下旬頃と同年九月下旬頃の二回に、各その頃被告到達の書面で、さらに同年一〇月二日、被告の債権者会議に出席した際、被告従業員に対し口頭で、遅滞賃料の支払を催告したのに被告は支払わなかったのであるから、前記契約解除の意思表示は有効である。

七、よって、原告は被告に対し本件賃貸借契約終了を理由として本件建物を収去し、本件土地を明渡すこと、昭和三九年七月一日から同年一一月九日まで一ヶ月金一万七〇〇〇円の割合による遅滞賃料および同月一〇日から右明渡し済に至るまで一か月金一万七〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

第三、答弁および抗弁

一、請求原因第一項中、賃料の支払を怠った場合には催告を要せず解除できるとの約定は否認する。その余の事実は認める。

同第二項および第三項は認める。

同第四項のうち、昭和三九年六月一七日、被告が会社更生法による更生の申立をし、同月二六日、右申立を取り下げ、同年九月二六日、会社解散決議をして清算手続に入ったことおよび同年一〇月二日、債権者会議を開催したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同第五項のうち、被告が本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有していることは認めるが、原告に損害を与えているとの事実は否認する。

同第六項の事実は、否認する。

二、なるほど、昭和三四年一一月一日作成の土地賃借証、すなわち甲第四号証中には、「若シ一ヶ月タリトモ賃借料ノ支払ヲ怠リタル時ハ何等ノ催告ヲ要セズ保証人ニ於テ直ニ弁償可致ハ勿論本契約ヲ解除セラレ土地明渡シノ請求ニ応ジ可申候事」との文言が存するが、右甲第四号証は、一般に市販されていた土地賃貸契約書のヒナ型用紙を利用したもので、右催告不要の文言は、いわゆる例文であって、当事者間にはそのような合意をする意思はなかったものである。

三、仮りに賃料の支払を怠った場合には、無催告解除ができる旨の特約があったとしても、契約成立の当時、当事者間に既に賃料の支払についてなんらかの紛争があったとか、その他継続的信頼関係を維持してゆくために、特にそのような厳重な条項をもって賃料支払を保障することを必要とするなど、信義則上、相当と認められる具体的事情は全くなかったのであるから、民法第五四一条所定の契約解除の必要要件を奪い、賃料の支払を遅滞したときには直ちに解除できるとする苛酷な特約は、契約解除権設定の自由の限界を越え、賃貸人と賃借人との地位の保護の権衡を失し、土地使用権と賃料債権との双務関係の保証として不相当であり、違法無効である。

四、原告は昭和三九年一〇月二三日、書面をもって、清算手続に入った被告に対し、債権の申出として、昭和三九年七月分から同年一二月分まで、未経過分の地代を含めた合計金一〇万二〇〇〇円の賃料債権を申出で、同年一二月末日まで賃料の支払を猶予する旨の意思表示をしていたのであるから、それ以前にした同年一一月九日被告達内容証明郵便による解除の意思表示は無効である。

五、仮りに以上の各主張が認められないとしても、

1  被告は原告から本件賃貸借契約解除の意思表示を受けるや、その翌日直ちに延滞賃料全額を原告方へ持参して履行の提供をしたが、本件に関しては代理人に一切を委任しているからとの理由で一方的にその受領を拒絶された。

そこで、被告は更に右金員を原告代理人弁護士岸巌方へ持参してその受領を懇請したが、右代理人にも受領を拒絶されたので、已むなく、昭和三九年一一月一八日、右金員を東京法務局へ供託し、その後同年一二月二五日改めて同年七月から一二月迄六か月分の賃料一〇万二〇〇〇円および遅延損害金一〇〇九円の合計金一〇万三〇〇九円を浦和地方法務局川口出張所へ供託し、その後も供託を続けている。

2  原告は、昭和三九年一〇月二日、被告の債権者総会にも出席し、被告が清算手続に入っており、原告外三名の地主から賃借中の四筆の土地合計九六四・七五坪(但し契約上の坪数。)を敷地として建てられている被告の工場が被告の一般債権者にとって重要な配当財源になっていること、したがって、その敷地の借地権を失うことは被告の一般債権者にとって著しい損失となること、被告の工場は四人の地主の土地上に跨がり、かつ、その数棟の建物が一体となって工場を形成しているところから、原告所有の土地についてのみ建物を収去し、その明渡を要求することは工場全体の機能と価値を全く失わせる結果となることをそれぞれ熟知しつつ本件賃貸借契約の解除をなしたものである。

3  原告には本件土地の明渡を求めなければならない事情は全くなく、土地賃貸人として原告は、賃料債権の支払が確保されさえすれば何等痛痒を感じない。

被告が倒産しても、清算手続において工場を一体として処分するに際しては、当然、原告に対し借地権譲渡の承認を求め、適正な対価が支払われる結果、原告は、賃貸人として権利侵害を受ける何等の心配もない。

しかも、本件土地の前賃借人であった日本製鋼株式会社も被告同様清算会社となり、昭和三四年一〇月、工場全体を被告に譲渡するについて、原告から借地権譲渡の承認を得た事実がある。

4  被告が倒産したからといっても、当時被告が本件土地上の建物を昭和三九年一二月末日頃までに収去することなど前例に照らし原告において期待する筈もなく、被告に対し前記記載のとおり未経過分の地代を含めて昭和三九年一二月分までの賃料債権の届出をしている。

5  以上の事実のもとになされた原告の契約解除は、解除権の濫用として許さるべきではない。

第四、抗弁に対する答弁

一、第三項は争う。

原告主張の特約は「賃料の支払を怠った場合には催告なしに解除できる約」であって、「賃料の支払を一回たりとも」とは主張していない。被告が昭和三九年七月分から一〇月分まで四か月分の賃料支払を怠ったので解除したのである。

二、第四項中原告が被告主張の債権の申出をしたことは認めるが、同年一二月末まで支払を猶予したとの事実は否認する。

三、同第五項、1の事実中、供託の事実のみ認め、同項中、他の事実は争う。

四、原告の妻が、昭和三九年七月末日、被告会社の川口栄町工場に地代の請求に行ったところ右工場は閉鎖されていたので、原告が右工場に電話したが連絡がとれず、同年八月中旬頃、原告自身右工場に行ったがらちがあかず、さらに原告は同年八月末頃および同年九月末頃、被告本社宛の手紙で交渉し、同年一〇月二日の被告の債権者集会に出席した際にも、被告会社の従業員に連絡したが、被告から何の回答もなく終った。

この間被告は経営不振に陥り、同年六月一七日、会社更生法による更生の申立をしながら同月二六日、右申立を取下げ、同年八月五日に倒産したものであること前述のとおりであるから原告との間の信頼関係は破壊されていたのである。

原告の解除権の行使は決して権利の濫用ではなく、被告は、同年九月二六日、解散し、清算の目的の範囲でのみ存続しているにすぎないのに、五年の賃貸期間で本件土地上の本件建物を第三者に賃貸したため、原告の明渡し請求に応じないのである。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

(賃貸借契約の存在)

一、原告の先代芝崎芳太郎が、昭和三四年一一月一日、本件土地を一か月一万一八八〇円、毎月二五日限りその月分持参支払いの約で賃貸し、賃料はその後改訂されて一か月一万七〇〇〇円となったこと、芳太郎は、昭和三九年四月二日、死亡し、原告が相続により賃貸人の地位を承継したことは当事者間に争いがない。

(無催告解除の特約の存在)

二、≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約成立の証書とされた甲第四号証「土地賃借証」の用紙は、原告の先々代が川口市内において多数の土地を賃貸していたため特に作成し使用していたもので市販のものではなく、右用紙により本件賃貸借契約成立の際、原被告間に、賃借料の支払を怠ったときは何等の催告を要せず契約は解除されるとの特約がなされたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(無催告解除の意思表示)

三、被告が昭和三九年七月分以降の賃料支払いを怠り、原告が被告に対し、昭和三九年一一月九日到達の内容証明郵便をもって、催告なく、契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

(無催告解除の効力)

四1 民法第五四一条所定の契約解除の要件を排斥し、賃料の支払を怠ったときは無催告の解除ができるとする特約は、賃貸借契約の成立当時、当事者間に既に賃料の支払について紛争があったとか、その他賃貸借という継続的な信頼関係を維持するために、特にそのような厳重な条項をもって賃料支払を保障することを必要とするなど、信義則上、相当と認められる具体的事情が契約成立の当時存在していた場合には有効とされる。

2 右特約を有効視しうるような具体的事情が本件契約成立の当時存在していたことについては、原告より主張がない。

3 賃料の支払を怠ったときには催告なく契約を解除すると特約が、特約そのものとして行使することができなかったり、またそのような特約がされていなかったとしても、賃借人に、信頼関係を著しく破る行為があった場合には、賃貸人は、賃料の支払を催告することなく、直ちに契約を解除することができる。

4 原告は、右事情が存在するとして、請求原因第四項のとおり主張する。

被告が昭和三九年六月一七日、会社更生法による更生の申立をし、同月二六日、右申立を取り下げ、同年九月二六日会社解散決議をして清算手続に入ったことおよび同年一〇月二日、債権者会議を開催したことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に≪証拠省略≫を合せれば、次のとおり認められる。

被告は、昭和三九年中、経営不振となり、同年六月、工場を閉鎖し、同月一七日、自ら会社更生による更生の申立をし、同月二六日、右申立を取り下げたが、同年八月五日期日の手形につき不渡りを出し、同年九月二六日、会社解散決議をして清算手続に入った。被告は原告に対し、同年七月分から一〇月まで、四か月分の賃料支払をしなかった。その間、原告は、同年八月半ば頃、被告の川口市栄町工場に赴き被告の社員に対し口頭で、同年八月末及び同年九月末の二回に、被告本社宛に手紙で、それぞれ賃料の支払について問い合せをしていた。

右のとおり認められ、これを覆すに足る証拠はない。

賃貸人としては、何はともあれ賃借人より賃料の支払を期待しているのであるから、右認定の事実のみにより判断すれば、賃借人たる被告が経営不振のため工場を閉鎖し、不渡りを出して会社解散決議をし、その間四か月分もの賃料の支払をしなかったとあれば、催告なく契約を解除されてもやむをえないとも言えよう。

しかし、右認定の事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

すなわち、被告は、昭和三九年六月、資金繰り困難に陥りついに工場を閉鎖し、同月一七日、自ら会社更生法による更生の申立をしたが、有力な取引先である三菱製鋼の援助を期待して、一〇日後の同月二六日、右申立を一旦取り下げた。しかし、債務超過のため、同年八月五日、手形不渡りを出し、同年九月二六日、会社解散決議をして清算手続に入いった。

昭和三九年六月分本件土地賃料は支払い、同年七月分、八月分及び九月分の賃料支払を怠ったが被告の工場は、数棟に分れているが、本件土地を含め、原告ほか三名の地主から賃借している約一〇〇〇坪の借地の上に有機的一体として建てられているため、原告所有の土地についてのみ建物を収去して明渡すことは、被告の工場全体の機能と価値を全く失わせるところから、本件土地借地権を保持することは清算手続遂行上絶対の条件であり、右解散決議後の昭和三九年九月下旬頃、原告よりの賃料支払の問い合せに対しても、被告会社の経理係長片岡友之は、支払いに努力すると答え、これに対し、原告は、特に相当の期限を限って支払を催告する等の明確な意思表示はしなかった。

昭和三九年一〇月二日、被告は債権者会議を開催し、原告もこれに出席し、被告会社清算人より会社の財産は有利に処分して出来るだけ債権者に支払をしたいとの話があったのであるが、その際にも、原告より期限を限っての明確な賃料支払の催告はなく、同月中旬頃された被告からの債権申出の求めに対し、原告は、同月二三日付で、「債権申立書を御送付頂きまして恐縮に存じます。当方は被告川口工場の地主でありますので、昭和三九年七月分より未納のため、差し当り同月より一二月まで六か月分の地代を申出でます。したがって、本年中に債権が整理されない場合は、当方へ明け渡しの期日まで毎月一万七千円の割で債権が増加することになります。」との書面を被告に差し出した。右書面では、延滞賃料の支払いがない以上、近日中に本件賃貸借契約解除の意思表示をする、などとの意図を原告がもっているとは、斟み取れないところから、被告は、既定の方針どおり、他の地主に対するのと同様、同年一二月中には延滞地代を支払い、本件土地を含む工場敷地借地権を有利に運用し、一般債権者にできるだけ満足を与えるように考えていたところ、突然、昭和三九年一一月九日、原告より契約解除の通知がなされた。

このように認められ(る。)≪証拠判断省略≫

してみると、被告が、原告からの解除の通知があるまで、四か月分もの地代を支払わなかったことをもって、被告に、原告との間の信頼関係を破る著しい不信行為があったとすることは妥当でなく、≪証拠省略≫によって認められる、前記解除の通知のあった翌日、被告会社の取締役である右証人は延滞地代全額を持参して原告方に赴きこれを提供したが拒否され、直ちに原告の訴訟代理人弁護士にも受取り方を求めたが拒否されたので、これを供託し、その後も供託している事実及び被告は本件土地等の借地上の工場を他に賃貸して、その賃料等をもって一般債権者に対する清算手続を続行している事実と照し合せると、土地賃借人として被告は、一応、なすべきことはしていたものとみるのが相当であろう。

5 以上により、原告のした無催告解除は、無効と判断する。

(原告の催告)

五、原告は、請求原因第六項のとおり、昭和三九年八月中旬以降、解除の意思表示をするまで、数次にわたり、口頭あるいは書面をもって延滞地代の支払を催告したと主張するが、被告本人の供述中、手紙で被告本社宛に支払を請求したとの部分は≪証拠省略≫に照らすと措信することができず、他に書面で被告に対し催告したことを認めるに足る証拠はなく、口頭による催告は被告の従業員に対してしたというだけではその効力を認めるに不充分である。

数次にわたる催告後、相当期間を経てした解除であるから有効であるとする原告の主張も採用し難い。

六、上叙判断のとおり、原告主張の本件契約解除の意思表示は、いずれにしても効力あるものとなしえず、原告の請求は理由なきに帰する。

七、よって、原告の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡成人)

<以下省略>

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